XENONnT実験による太陽ニュートリノ・原子核コヒーレント弾性散乱の初観測

太陽は私たちの身近で最も強力なニュートリノ発生源であり、その輝きのエネルギーは核融合反応によって生み出されています。太陽中心部での主な核融合過程は4つの水素原子核(陽子)が融合して1つのヘリウム原子核を形成する過程ですが、核融合の過程で生成されたホウ素8がベータ崩壊をし、ベリリウム8を形成する過程も存在し、この過程ではメガ電子ボルト程度のエネルギーを持ったニュートリノが放出され、これが地球にも届きます。ニュートリノは、幽霊粒子とも呼ばれ物質とほとんど相互作用しないので観測が非常に困難ですが、その観測は太陽内部の仕組みや宇宙の基本法則を理解する上で極めて重要となります。イタリアのグランサッソ国立研究所に設置された暗黒物質探索実験「XENONnT」は、このニュートリノの観測にも取り組んでおり、「世界で初めて太陽ニュートリノによるニュートリノ・原子核コヒーレント弾性散乱」現象を観測することに成功しました。この結果は、Physical Review LettersにEditors’ Suggestionとして掲載されました。


太陽より飛来するニュートリノ (Credit: APS/Alan Stonebraker)


ニュートリノが稀に原子核と相互作用する際、そのエネルギーによって反応の種類が異なります。エネルギーが高いニュートリノは、原子核を構成する核子(陽子や中性子)の1つだけと反応し、粒子の種類が変化する「非弾性散乱」を引き起こします。一方で、ニュートリノのエネルギーが低い場合は反応が異なり、「コヒーレント散乱 (CEνNS)」が起こります。コヒーレントとは、原子核との散乱において、原子核を構成する陽子や中性子の全てが同じ周期・リズムで相互作用に寄与し、散乱の断面積が増大することを意味しており、ニュートリノの持つエネルギーが小さい場合、原子核との相互作用の際にやりとりされるZボソンの波長が原子核の直径より長くなるためこの現象は起こると考えられています。CEνNS過程では、粒子の種類は変わらず、運動の方向や速度のみが変化する「弾性散乱」となります。これをビリヤードに例えると、非常に小さなニュートリノが巨大なキセノン原子核に衝突し、わずかに原子核を動かす現象に例えることができます。XENONnT実験では、反跳されたキセノン原子核が検出中に残すわずかな信号を捉えることで、CEvNS過程を検出することに成功しました。


キセノン原子核とニュートリノの反応の様子



XENONnT検出器 (Credit: XENON Collaboration)


CEνNSは1974年に理論的に予測されていましたが、その観測は長年の課題でした。ニュートリノのエネルギーが極めて小さいため、観測には非常に高い感度が求められるからです。2017年にアメリカのCOHERENT実験が人工ニュートリノ源を用いて初めてこの現象を捉えましたが、太陽の様な自然由来の低エネルギーニュートリノによる観測はこれまで成功していませんでした。今回、XENONnT検出器は約5.9トンの液体キセノンを使用し、2年間にわたる観測と機械学習を用いたデータ解析を経て、太陽ニュートリノがキセノン原子核と相互作用する際の微弱な信号を検出することに成功しました。この成果はアメリカ物理学会により2024年の「Highlights of the Year」にも選定されています。

今回の成果は、暗黒物質探索のための検出器としてXENONnTの性能の高さを示す重要な一歩です。暗黒物質もニュートリノと同様にコヒーレント散乱を引き起こすため、その信号は両者で良く似ています。特に、宇宙より飛来した高エネルギーの宇宙線が地球の大気と反応して生成される「大気ニュートリノ」がキセノン原子核と衝突した場合、暗黒物質の信号と見分けるのは非常に困難です。このようなニュートリノによる背景信号が暗黒物質探索を妨げる領域は、「ニュートリノの霧(フォグ)」と呼ばれます。XENONnT実験は、ついにこの難しい領域に突入しましたが、今後もデータ取得を続け、暗黒物質だけでなく、宇宙・原子核物理学における新たな発見を目指していきます。
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著者

風間慎吾
計画研究B02代表
名古屋大学准教授
合唱が趣味で休日はずっと歌ってます。

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