ニュートリノは自身の反粒子か?~KamLAND-Zen 800が挑む究極の問い~

KamLAND-Zen800実験の最新成果がPhysical Review Lettersに掲載されました (参考文献)。本論文は、2011年から続くKamLAND-Zen実験の集大成となる「Complete Dataset」によるニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊探索の結果を報告するものです。

実験装置の大幅改修中のデータ解析はとても大変なプロジェクトでしたが、関係メンバーの努力により、ようやく論文としてまとまりました。とりわけ、現場作業で忙しい中、レビュアーの厳しい指摘にも真摯に対応してくれた東北大学の三宅博士に感謝です。

この論文をざっくりと説明すると、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の探索において、世界で一番の感度を持つKamLAND-Zen実験が、2011年から2024年まで13年間!?実験を行ってきた結果、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊はまだ見つかっていませんでしたよ。とほほ...。という論文になります。ちなみに本論文のデータ解析範囲はキセノン800 kgフェーズの2019年から2024年の約5年間分です。

何を探していて、何がすごかったのか?これからこの研究はどうなるのか?詳しく・出来るだけやさしく解説します。

まず、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊とは、ニュートリノがマヨラナ粒子という特別な粒子だった場合だけに起こる非常にレアな崩壊になります。なんのこっちゃ。

マヨラナ粒子は、イタリアの物理学者マヨラナ博士(1938年に失踪したとされる天才)が、1937年に考えた粒子の反粒子が自分自身である粒子のことを言います。例えば、電子だとマイナスの電荷を持つので、反粒子はプラスの電荷を持つ陽電子です。そのため同じ粒子のはずがありません。しかし、電荷を持たないニュートリノは、マヨラナ粒子の可能性があります。もしもニュートリノがマヨラナ粒子だと、ニュートリノが電子などの他の素粒子と比べて非常に軽い謎や、この宇宙から反物質(反粒子でできた物質)が消えた謎を解き明かすための手がかりになると考えられています。

KamLAND-Zen実験は、この「ニュートリノが自身の反粒子かどうか」という究極の謎に挑戦し続けています。KamLAND-Zen実験は、岐阜県飛騨市神岡町の鉱山跡地にあります。1987年の超新星爆発からのニュートリノを検出して、2002年に小柴先生がノーベル賞を受賞したカミオカンデ実験の検出器を改造したのがKamLAND検出器です。

KamLAND-Zen実験は、そのKamLAND検出器の中でも一番キレイな中心部分にキセノンを溶かしたミニバルーンを入れて、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊という、宇宙の年齢の1京倍(兆の1万倍)の寿命よりも長い、めったに起こらない反応を探しています。この反応が見つかれば、ニュートリノが自身の反粒子だという証拠になるからです。ここでいう「キレイ」は、「放射性物質の極めて少ない」という意味になります。この世界のあらゆる物には、少なからず一定の寿命で崩壊する放射性同位体が含まれてしまいますが、蒸留などの必死の純化によりKamLAND検出器の中心は世界有数の「キレイな環境」になっています。

非常にレアなニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊を探すにはこのキレイな環境が重要になります。さらにニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊を起こすかも知れないキセノン(キセノン136という金額的にお高いキセノン)を入れるミニバルーンも一番厳しい基準を満たしたクリーンルームで研究者自ら作りました。

非常にレアな崩壊を探すのにもう一つ重要な要素があります。それが大量の崩壊核(今回はキセノン)を用意することです。なかなか当たらないガチャでも、大量に回せばそのうち当たるということです! KamLAND-Zenは先行実験が数十kgからやっと100 kgで実験しているところを一気に400 kg近いキセノンを集めて、世界を一歩リードした感度で実験を行ってきました。それをさらに「2倍!」に倍増して実験した結果が、この論文の成果になります。

KamLAND-Zen実験の歴史は背景事象との戦いと言ってもいいと思います。ここでの事象は、1つの崩壊や反応のことを表します。背景事象とは、信号とは別の観測の妨げになる邪魔な崩壊のことを言います。先ほどの環境放射性同位体に加えて、宇宙線ミューオンが検出器の中の液体シンチレータの炭素やキセノン原子と反応した際にも放射性同位体ができます。その他にも、KamLAND-Zen初期(400 kgフェーズ)では、2011年に仙台でミニバルーンを作ったため、福島原発事故由来の放射性同位体が問題になっていました。

これらの背景事象を落とす方法として、「キレイにする」以外にも、データ解析で「なかったことにする」方法があります。背景事象にはそれと結びつく他の事象があることが多いです。例えば、宇宙線由来の場合はその宇宙線ミューオンの信号や反応時にたくさん出てくる中性子信号だったり、環境放射性同位体の場合は、一度崩壊すると連続して崩壊するのでその複数信号だったりです。事象の相関を見つけることで事象の区別がつけば、解析するデータから適切に取り除くことができるのです。

事象の相関を見つけるだけでなく、崩壊そのものの特徴を使う方法(ベータ線は遠くまで飛ばないが、ガンマ線は液体シンチレータの中で数十cm遠くまで飛ぶなど)も機械学習を用いて開発しました。これらの解析を駆使して得られたエネルギースペクトルが図1になります。


図 1:KamLAND-Zen 800で得られたエネルギースペクトル


黒い点がデータで、赤い線がフィットの結果。各色のスペクトルが各背景事象の成分を示しており、水色のスペクトルは今回得られたニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊の90%信頼度の上限値を示しています。

今回はあえて論文のままの図を載せています。残念ながら本論文のデータからはニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊は見つかりませんでした。そのため、2.5 MeVあたりに見える水色の比較的細い山(ピーク)は、ややこしいですが「このデータの中に、ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊があるとしたらこの山より小さいですよ!というピーク」になります。崩壊の起こる確率はこのピークよりも小さいので、半減期は逆に、ピークから計算される「3.8x1026 yrよりも大きいよ!」という結果になります。ちなみに90%の信頼度 (90%の確率で、これより短い半減期なら見えていたはず) の結果になっています。この値からマヨラナ有効質量(ニュートリノを伴わない二重ベータ崩壊に関係するマヨラナニュートリノ質量の重ね合わせ)を計算すると(28-122) meVよりも小さいという世界でも一番厳しい制限が得られました。今回の結果は、図2のニュートリノ質量の逆階層のバンド(右側の緑の図の横に並行になる部分)に大きく重なる結果になっています。これは誰も手をつけていない未踏の地を探しているだけでなく、理論の予想もある答えがあるとしたらこの辺りかもという面白い領域を探し始めました!


図 2:マヨラナ有効質量(Effective Majorana mass)と最も軽いニュートリノ質量 (m_{lightest})に対する今回の結果が与える制限(図の実線および点線)


答えはピンクと緑のバンドの中にあるとされており、線よりも上の部分は探索ずみで「答えはここまでにはなかった」ことを意味しています。線の種類が複数あるのは、原子核の理論モデルによる違いを表しています。KamLAND-Zenは、ニュートリノ質量が逆階層(IO)の時にバンドが横になっている部分(が50 meV以下の部分)を世界で初めて探索しました!

しかし、残念ながら探索は一度ストップです。

今回の結果の図1のスペクトルをもう一度よく見ると、水色のピークがピンク色の「ニュートリノのでてくる通常の二重ベータ崩壊」の山に覆い被さられてしまってます。このまま探索を続けても、水色のピークが出てきてもピンクの山に埋もれて見つからないでしょう。これは検出器のエネルギー分解能が足りていないせいです。それを改善するためにKamLAND2へのアップグレードを行っています。より性能のいい光センサーにして、さらに集光用のミラーも設置します。つまり、光を逃さず検出して、スペクトルの解像度をあげることでピンクと水色の山を分離することを目指しています。 今建設しているKamLAND2検出器では、これまで以上の感度(スピード)で答えがあるかも知れない未知の領域を探索します!これからのKamLAND2-Zenの結果にも注目してください。

参考文献
S. Abe, et al. (KamLAND-Zen Collaboration), “Search for Majorana Neutrinos with the Complete KamLAND-Zen Dataset“, Phys. Rev. Lett. 135, 262501 – Published 29 December, 2025

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著者

尾﨑秀義
計画研究A01
東京理科大学助教
関東一年目、都会にも慣れてきたので色々と開拓して行きます!

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